UTMF2018☆リタイア編

❌がついてかわいそうなゼッケン

今回私は3回目のチャレンジとなる、100マイルレースのUTMFをタイトルの如くリタイアしてしまいました。
理由はただ心が折れてしまったから。
時間はたっぷりあったし、天気は申し分なかったし、端から見ればなんて勿体無いことを!とお叱りを受けても仕方がないくらいです。
もちろん私だってこの結果に誰よりも驚いているし、もしかしたらゴールできたんじゃないか、と今となっては思えるのですが、あの時、レース中の身も心もヘトヘトになっていた時、私の気持ちはリタイアすることだけしか考えられなくなっていたのです。
ただどんなに脚が痛くてキツくて辛くても止めるという考えが全く浮かばないレースもあるのです。
その差は何なのか?
今後の傾向と対策のため、私なりに何が原因だったのか、反省をしてみたいと思います。

スタート前はこんな結果になるとは予想だにしていなかった

まずは今回のレース展開をざっと振り返ります。
スタートして最初のA1富士宮までは下り基調のロード区間。そのあとに控える前半の山場、天子山地での渋滞を避けるため、気持ち速いペースで突っ込みました。
気付けば予定タイムよりも1時間も速く進んでいました。道理でキツイわけだ、マイペースに!と思うけれど、周りが速い集団なのでつられてぐんぐん進みます。
天子山地はキツイながらもSTYの選手が譲ってくれるので頑張ってしまい、A2麓には1時間30分も早く到着。
ペースはきついけれど、レースだもの当たり前。そのうち楽になるさ、とこの頃はまだ楽観的でした。

A3本栖湖もまだ速すぎてました。でもエイドのゆば丼が美味しくておかわりするくらいの余裕あり。
この頃から左臀部に今まで感じたことのない違和感を感じ始めました。経験したことがないので、ごまかしながら進みます。

A4精進湖はデポバックがあるところですが、2時間以上早く着いてしまってます。一抹の不安を感じながらも順調なんだと言い聞かせ、後半に向けてしっかり準備して出発。すでに夜が明け始めいつもなら元気になっていくはずが、左臀部痛が段々強くなり、珍しく睡魔もやってきて、90㌔手前の山頂で座り込みしばらくうとうと。それにしてもお尻が痛い。まるでバキバキに割れてしまったかのようです。

A5勝山に着いたら直ぐにマッサージブースへ。この痛みが取れないと進めないと訴えて、しばらくマッサージしてもらうと嘘のように痛みがなくなりました。意気揚々とスタートして200㍍ほど走るとまた激痛が。戻ってまたマッサージを受けるか悩みましたが、教えてもらったストレッチをしつつ歩くことに。もう走ることはできないくらいお尻が痛い。ここからA6忍野までは新設のコースでほぼロード。しかも昼間で日差しが強く暑い。予定ならここをいいペースで走り切り後半の険しい山々に備えたかったのですが、臀部筋痛が回復するのを祈りながら全歩きすることに。忍野の山でボラをしていた武ちゃんに会えた時には、もう無理!止めたいよー、と泣き言しか出てこなかったです。そんな私をなだめるように次のエイドで寝なさい、時間はたくさんあるんだから!とカツを入れてくれた武ちゃん、本当にありがとう。

弱りきった私を笑い飛ばしてくれてありがとう‼

A6忍野に着いたらまず必携品チェック。リタイアが頭によぎり始めていたのでバスの時間を確認しつつ、とりあえず休むことに。ここで福岡の仲間にも止めたいメッセージを送り、なんとか励ましてもらう。行くか止めるか決めきれないまま気付けば2時間も滞在してしまい、リタイアバスの時間が迫ってきてます。ふと見るとスカイトレイルのSOさんが出発していて、そうだ、後ろから追いかけて行こうと進むことを決意。バタバタ準備をして出発すると休んだお陰か意外にも走れたし、お尻の痛みも慣れてきた。ところが登りがめちゃくちゃ辛い。一歩一歩がとんでもなく重たく息が上がる。後ろから来る選手を次々譲ってる間に木にしがみついて休みます。こりゃもうだめだ。私はもう登れない。これから訪れるであろう杓子山までのコースを思い浮かべると、もう絶望的でした。福岡で応援してくれている仲間にも、今コース上で頑張っている仲間にも、誰に何を言われてもその時の私はどう考えても無理という答えしかなかったのです。

ほうほうのていで辿り着いたA7山中湖きららで私のUTMF2018は終了となりました。
128㌔ 28時間40分 短くも辛くキツい旅でございました。

リタイアバスに乗る前にきららのエイドを振り返る

前置きが長くなりましたが、考えられる問題点を挙げていきます。
①付け焼き刃の練習
UTMFの当選が決まるまでほとんど走っておらず、慌てて練習を始めました。12月はロード強化月間として山へは行かず375㌔を走り、1月はロードと山を組み合わせ2晩寝ずの練習、2月は小雪のなかロード&山や、宝満山24時間耐久、3月は修行としてのフルマラソンと脊振全山、4月は仕上げの脊振全山、と詰め込みました。大きく体調を崩したり故障したりは無かったのですが、やはり付け焼き刃感は拭えません。知らず知らずの疲れも溜まっていたのかもしれません。普段からしっかりと走る練習が必要だったと思われます。

②久しぶりのレース
昨年の5月のART以来レースにまったく出ていませんでした。なんとなくレースを頑張って走る時期を過ぎてしまった感が私の中であり、自由に好きなペースでのんびり山を楽しむ方へシフトしていたのです。しかしレースにはレースのペースがあり、練習では経験できない緊張感や高揚感など忘れていた感覚があったのかなと思われます。気付けばオーバーペースで突っ込んでしまって脚が終わってしまう、最悪なレース展開となったのです。

③事前情報の詰め込みすぎ
今回コースが新しくなっていたので、雑誌の特集を読んだり実際に試走した人のブログを読んだりして少しでもイメージできるように調べました。それをもとに実際自分がどのようにレースを進めていくかを考えてました。以前完走した時に、山中湖きららの手前で足のマメを潰してしまいそこからゴールまでがほとんど走れず悔しい思いをしていたので、今回は何としても最後まで走ってゴールする!と決めていたのです。ところが今回は予定とはまったく違うレース展開となってしまい、それに対応できなかったのです。自分の決めたプランに縛られ過ぎて、代替案が浮かんでこなかったと思われます。

④一度完走したという傲り
すでに100マイラーの喜びを味わっていたので、今回は完走目的というよりは、できれば最後まで走ってゴールしたい!という実力に見合わない野望を抱いていたのだと思われます。軽量化のため補給はジェルしか持たなかったため暑さでジェルを受け付けなくなった時は辛かったです。放射冷却で朝と晩の寒暖の差が激しく、まさかエイドで寝ることを想定していなかったのでこれまた辛かった。どんなに時間がかかっても、ずっと歩き続けてもゴールしてやる!という気持ちが全然足りていなかったと思われます。

⑤そもそも走り方の問題
今回初めて左臀部筋がバキバキに痛くなり、それがきっかけでリタイアに繋がっていったのですが、エイドでマッサージを受けているときに言われたのが、腹筋の弱さでした。腹筋を使って走れてないので脚に頼った走りとなり、太ももの外側が発達するし、利き脚の右が強いので左の臀部に疲労がどんどん溜まっていったと考えられるそうです。確かにランナー体型とは程遠い逞しい太股だし、下腹はふくよかだし、シューズのへたりは早いし、当てはまります。

九州チームのお陰でギリギリまで頑張れたし、立ち直る勇気ももらえた!

とここまでは反省点でしたが、やって良かった事も備忘録として残しておきたいと思います。
・レース1週間前から整腸剤を飲んで腸内環境を整えたおかげで、腸トラブルなし!
・短パンの下に長めのショーツを履いてお腹の冷えを予防したので、腸トラブルなし!
・レース前とデポバックの時に飲む日焼け止めを飲んだおかげで、日焼け止めを塗り直す手間がなくなり、ひどい日焼けもなし!
・前日からのガーニーグーとワセリンで擦れトラブルなし!
・昼と夜の寒暖の差は、着込むより、アームウォーマーやネックウォーマー、フードなどのこまめな着脱でかなり対応できる!

今回の残念な結果に少しは落ち込みましたが、失敗を繰り返してあれこれ工夫していけるし、対応力も身に付けて行けば、いつの日かまた100マイラーに返り咲けることと信じてこれからも精進していけたらなと思います。

ただ、きららの次のA8二十曲峠では石川弘樹さんがボラをされてたというのを聞いた時だけは、心底後悔したのでした…。